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2012年 05月 07日
五月・・今月も・・・頑張って、やっているよ・・・。
肉の日 29日 ステーキフェアー <オースト・サーロイン> サーロインステーキ 150g ¥900(ライス付き) サーロインステーキ 250g ¥1,500(ライス付き) 春ですねぇ・・・。 暖かい春の日差しが、この山深い標高高き佐久の地にようやく届いたようです。 今年はいくらか桜の開花は訪れ遅かったようで、宅急便で送られてきたようです。 咲き揃った桜の花は人々の心を、癒し和ませてくれるかのように咲き誇っております。 日本人にとって桜の花は、心安らぐふるさとのようなもの。 薄紅色といいますか淡いピンクの花は、幾重にも重なり合うかのように咲き乱れ愛らしく思えます。 私はいてもたってもいられない心境となり、フュリューゲルを背負子に乗せバイクにまたがり、いざ、さくラさく小径へと向いました。 隆々と流れくる千曲川河川敷に、へばり付くように細く長く続くさくラさく小径がある。 こんな立派な場所があるのに、利用者はそう多くはない。 訪れる時間帯によって違うとはおもうが。 静かに咲き誇った桜の花は、来る人を選ばず拒まずして人々を迎えているようだ。 各自色んなスポーツウエアーを纏い、自分流ペースでジョキングやウォーキングに興じている。 時間はまだ早い、閑散としている。 さて、意気込み勇んで来たものの、この雄大な自然に溶け込めない自分を発見。 何しに来たのか、自分に問いただすほど。 下手くそなのは百も承知しているのであって。 気張らずただ音を出せば、と活を入れる。 だが、どうにも自然の方が遥かに格は上であり、偉大であるわけであって、圧倒された自分のチッポケさに唖然として、ラッパをケースから取り出しても吹く気になれない。 雄大に流れゆく自然界は、威風堂々と同じ時を刻み続けているのがはっきり分かる。 チッポケな私などまったく相手にしていない。 朝、八時・・。 穏やかな春れど、未だ肌寒く感じられる河川敷である。 我々は脳裏に描いている自分の大きさを、実際に知り把握することができない。 それは知ったからどうなることもできないという、価値も意味のない自分をしっかり認識しているからではないだろうか。 都会では雑踏の中に存在価値のない自分を知る。 田舎ではあり過ぎる空間の中に、小さな価値のない自分を知り驚かされる。 だが、狭い部屋に閉じこもっている限り、その必要性などないだろう。 人はあまりにチッポケ過ぎ表に出たがらないものである。 他人や自然に到底刃が立たず太刀打ちできない、と思っているからだろう。 静かにたたずみ自分を無視する、自然はすぐそこにある。 自然や他人にタメ張ることは無意味な気がする、やはり己自身に勝つことしかないようだ。 結局、不動の大自然の驚異に圧倒され、碌な音も出せず恥ずかしく家路となった。 ふと振りかえると、鮮やかに咲き乱れ誇る桜が列をなしていた。 人が何をしようがしまいが、咲く桜に何の意味を持たない。 その意味を抱き知ることは、人がそれぞれ抱く自意識次第・・・。 五月は、咲き乱れる花に目を奪われ変わらぬ自分を思い知る、季節かも・・・・。 2012年 04月 03日
29日はぺぺ肉の日 ステーキフェアの日
サーロインステーキ 150g ¥900(ライス付き) サーロインステーキ 250g ¥1,500(ライス付き) 耳よりニュース 当店の和室が洋間へと変貌しました。 熟練した味の料理を楽しむか、親しい友と語り合うか、使い方はお客様しだい。 今年も同じように春が来ようとしています。 けれど、今年の春の到来はちょっとスローペースのよう。 こういう年は一度にドサッリと、草木の花を開花させ魅了させてくれるでしょう。 自然界の生き物たちは裏工作ができない。 決められた時期に決められた花を咲かせ、実を着け反映を継続させる。 自然界の主役は草や木々などの植物であり、我々他の生き物はそこに付随する者達に過ぎない。 春だからこそ、この主役達の宴を存分に味あわさせてもらおうではないか。 それでも人々は自然界の営みを無視するかのように、決められた通りの行事スケジュールをこなし続けています。 そう、卒園、卒業、入園、入学と何か節目を着けなくてはならないかのように・・。 それはまるで農作物の種まきにように、使命感に燃えるように見えてたまらない。 めくられるカレンダーに追われ、時間に刻みに追われクリアー、クリアーと煩いほどに時をこなし切った気になっている。 しかも自然との楽しみさえ時間制限を加える。 そんなことでは何の見返りも求められまい。 人の行事はロボットのような、無味なマシーンゲームをしているのではない。 農作物のように自然状況を見ながら、じっくり腰をすえ取り掛かりたいものである。 じっくりと手間隙掛ければ掛けただけの作物は、必ず出来るのである。 人の心は穏やかでなくなりつつある。 それは焦りに焦っているからで、成果をいち早く見たいがための策と見る。 しかもその成果はベストでなければならないときている。 なぜ、そんなに焦り急ぐのかわからない。 情報が、情報に引かれ追われて、善光寺参り・・、ってところであろう。 農作業は大地作りが基本である。 季節か来たら地に種を蒔き水をやる、やがて時期が来れば元気な目を出す。 この強かな行為に感動する。 雑草を取り払い水や肥料を適度にあげ、芽を過保護にし過ぎずじっと見守る。 やがて時期が来れば立派な農作物になるのを夢見て・・・。 けれど、そう大きな期待を抱かずして。 そう、自然任せにするしかない。 さりとて、実りつつある作物を放っておくのではない。 手入れ育てるのを当たり前とすることだ。 じっくり待ち切り稔りきった作物は、必ず感無量となるだろう。 人は農作物と同じなのである。 頑張れ・・ニッポン。 じっくりやれば、なんでも出来る・・。 2012年 03月 05日
今月も・・・頑張って、やっているよ・・・。
肉の日 29日 ステーキフェアー サーロインステーキ 150g ¥900(ライス付き) サーロインステーキ 250g ¥1,500(ライス付き) 三月 雪解けとともに春が生まれくる。 自然界に生ける物総てが一斉に、大地に芽吹こうと頑張る季節です。 また、人も自然界の一員として再確認できる季節でもある。 黄色の花を咲かせる草木を一番手に、次々と競うかのように咲き誇らせる。 一年の内で一番躍動美溢れる季節でもあります。 些か暗いニュースが報じられる中で、命の尊さを再確認したいものです。 人は感受性の強い生き物です。 ただ生きるという単純な営みの中に、一片の花びらのような有難さを知れば、温もりさえ確認されようというもの。 人はただ楽しく充実した日々を送りたいのに、他人目線を気にし過ぎるからいけない。 それは、自分流の生き方が成されていない証拠でもある。 それは、他人の生き方を真似しようとするからいけない。 コピー人生が安全安心とするからいけない、と思う。 今回は、自分流食い物探しの話題・・・。 世は何々ブームとやたらやかましい。 なぜ、世間を一色の色粉で染め上げた、波に飲み込まれたり色づけられたりするのだろう。 また逆に、人はその人工的波が来るのを待つ者が居るから、これまた不思議。 まさに大惨事の大津波が来るのを、指をくわえて待つのと一緒。 これでは自分流の色など出せないし、持てるはずがない。 今や、この小さな田舎町は何かわけも分からぬ波に、飲み込まれることを由としているようである。 その方が安全且つ楽な日々が送れる、と思い込んでいるのであろう。 人はきっと一箇所に群ったり同じことをしたりすると、気持ちが安心するのであろう。 群集心理のなにものでもない。 自分好みを再発見し再確認を果たし、その醍醐味を存分に堪能できる日々を送ろうではないか。 B級グルメがなんだ・・。 ご当地グルメがなんだ・・。 ナポリピッツァがなんだ・・。 何とかラーメンがなんだ・・。 自分の好きな物探し食えば、それで良い。 自分が愛して止まない物を愛せば、それで良い。 無理矢理人と同じに、踊るな・・。 人に、踊らされるな・・。 人は人、自分は自分であり、他人なんかじゃない。 人に踊らされていると、おどけた一年となり、一年など、あっという間に過ぎ去ってしまう・・・。 2012年 02月 03日
29日はぺぺ肉の日 ステーキフェアの日
オージービーフ・サーロインステーキを存分にお味わいください サーロイン 150g<ライス付き> ¥ 900 サーロイン 250g<ライス付き> ¥1,500 ![]() 2012年の最初の月は、当然のことのように過ぎ去り、新しいカレンダーが二月を差しております。 私の感覚では、一月はゆっくり流れる気がしてしょうがない。 人間の感覚など当てにはならないものですが、そのつまらぬ感覚の中に左右支配され、転んでゆくしかないのです。 二月はどういう感じで転んでゆくのでしょう。 さて、気合を入れた一月は、と振り返ってみてもそう大した事もなく普通に終わってしまったようだ。 節分という豆まきから始まるのであるが、この月は二十九日で終わるため、二日、三日損をした気もしないでもない。 まあ、一年が始まれば足早に過ぎ去る月日に、追いたいのだが追われてしまうのが常であろう。 なんとか時間を追うような過ごし方をしたいものである。 料理のことばかり考えて随分と長い年月が流れてしまった。 その流された月日〈返らぬ時間>を振り返れば、時間を追ったことが何回あったであろうか、と、思うと、思い出しても思い出せないことばかりで、何かに追われたことばかりが思い出される。 料理は時間との勝負である。 その実態は殆んど時間に追われの連続である。 客にあおられ、オーダーに追われた日々。 そこには自分の存在などなかった気もする。 ただ仕事をクリヤーしなければという、気のせくことばかりであった。 仕事を完璧に遂行した日が何日、何回あっただろうか。 不完全燃焼の日々ばかりが思い出されてしょうがない。 時間を追える時は体が乗っている時であり、リズムに乗れれば仕事も楽しいものである。 まさに、華麗なる舞い仕事である。 どんな仕事にしても自分をリズムに乗せさえすれば、軽やかな日々が約束されるものである。 ガッツリ朝食をとり、余裕を持って仕事に当たれば必ずやいい仕事ができるはずである。 いい加減に朝を迎えれば、いい加減な日々の幕開けをしたと同じになり、時間はダラダラと過ぎやる気も出なくなる。 ファイト、一発、のコマーシャルは一日の最初に、と仕事の前の気合入れである。 一年で一番寒い月であります。 さあ、二月、一発、元気にまいりましょう。 2012年 01月 10日
今年も、なにとぞ宜しく、御拝読お願い申します。
一日本人男子として、恥じないよう勤めさせていただきます。 安値価格設定を由とするかのように、安定水位しがちなマクロ経済状況であります。 旨い物という食の味覚価値水準さえ、不確かな方向へ行こうとしている気がしてなりません。 ゲテ物やB級グルメという在り来りな料理が、珍重される時代であります。 モードともブームとも呼ぶ流行オンリーでは、真に旨い味は語り告がれません。 食文化に貢献するは、自分が旨いと感じた物を育み伝え、仲間を増やしてゆくことが文化芽生え育成のような気がします。 我が国に置いての洋食地位は、非常にもろく地に足が着いていない、流行というスパーン風に煽られた、さ迷い航海する一艘の帆賭け船のようである。 我が国の体質がそうであるから仕方がない、と言われればそれにて話は落着してしまう。 なんとなくこれからどうする、という気風が出て来たようだが。 一つ、ここで地にしっかり足を着けて、物事を育てようという気風を形作りたい気もする。 3・11の悲惨な記憶は忘れられなく、力の表現に惑う我々の行為は難しさを見せている。 何が出来、何のために、何をするのかが分からないのだ。 ただ、飲んで食って騒ぎ楽しく生きることが、人生の本文でないことだけは理解しているようだ。 今年こそ、当たり前という普通状態に疑問を抱き、普通暮らしの本文を考え改めてみようじゃないか。 自然破壊を防ごうが、普通状態重視オンリーで進む世の中である。 エコカー開発も好いが、車にどうしたら乗らないように、を考えた方が得策なのである。 一人に一台という車走りが普通になり、なぜ渋滞するのか真剣に考え、道や速い列車を走らせることだけ思案するのだ。 旨い物を食いたければ、歩いてそこまで行く気力や気持ちを、少し考えてみようじゃないか。 この先、明るい未来が在る、を想像したいじゃないか。 そんな未来に少しでも近づこうとする、が今年の目標です。 六十歳、男子、今ここに。 まだまだ、十分頑張ろうとしています。 愛することは、愛されること。 愛は双方向かい合ってのキャッチボール・・・。
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